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冬の旅 その2 出雲崎駅舎にて [長く生きてりゃ・・・]

越後線 出雲崎駅舎
CIMG2838.JPG

 過去にも書きましたが、わたしは旅を職業としておりました。

しかし、それを選んだ理由は、旅行が好きだからではなく「多くの人に出会えるから」でした。

花も好きですが、人々がもつ個性とエネルギーはそれを数段上回ります。

特に名もない人と話をするのを好みます。

今冬も旅先でいろんな人との出会いがありました。

そんな中からJR越後線出雲崎駅で出会った不思議な老人について書きます。

             出雲崎駅舎の待合室にて

 越後線は、新潟・柏崎間83.8kmを日本海に沿って走る路線である。積雪は少ないものの海側から横殴りの雪が絶え間なく車窓に吹き付ける。

良寛和尚のブロンズ像.jpg 柏崎行き普通列車を待つ出雲崎駅でのこと。ご当地の有名人良寛和尚が毛糸の帽子を被ったような老人に出会う。
 駅舎内のストーブの前で遅い昼飯を食っていたときである。駅舎入口のガラスドアに額をつけるようにして内部を覗う爺さんと目が会った。かれは深々とお辞儀をする。十秒近くたっても顔を上げない丁寧さである。顔を上げるとわたしを睨むように、しかも目をそらさずドアをゆっくりと開けて近寄ってくる。見れば服装は普通の格好だが、靴下を履かず革靴の踵部分がつぶれスリッパ状態である。手に持っているのはビニール袋と、女ものの破れ傘。耳の穴から筆先のようなものが黒々と出ているところが狂気じみている。開口一番
 「おれは寝るところもねえ、川に飛び込んで死ねりゃいい」
 「カネくんねえか?」と言った。

 こいつは乞食か、と一瞬思ったがそうでもなさそう。髭はきちんと剃っているし、着衣も清潔そうで悪くない。酔っ払いでもなさそうだ。無視していると、
 「おう、若けえの、そこにおみゃーがいたら俺は寝れねえよ」という。

 わたしが坐っていた場所は、大きなストーブの前にある高床でできた畳三枚分の休憩コーナーであった。かれはここで一夜を明かそうとやって来たらしい。こちらは列車が来るまで時間を持てあましていたから、
 「ここに寝るの? このストーブ、火はついてないよ」と応えてみたが反応がない。代りに椅子席に座っていた年配の婦人が
 「不景気だから駅も昼間は燃料の節約なの」
と教えてくれた。
 「あのな、おらあよ、柏崎から海岸伝いに歩いて来たんだがな、帰える銭がねえから、ここに泊んのよ」 こんな寒さの中を27キロ先の柏崎からトコトコ歩いてこられるはずがない。
 「爺ちゃん、ここに寝るならカネは必要ないだろ」
 「あーっ、なんだと? おらあ、84歳じゃ、耳が聞こえねえよ、おみゃーは、めがねをかけとる。メガネの男はバカばっかりじゃ」と睨んだ。
 「爺ちゃん、聞こえないのは、年だからじゃないよ、耳の毛が伸びすぎているからだよ。切ってやるからちょっとここに座わんな」
 

 わたしは、駅員にハサミを借り、ばらけた筆先のような耳毛を切ってやった。爺さん、じつに気持ちよさそうに目を細めた。後ろに視線を感じたので振りかえると、ハサミを貸してくれた駅員が苦虫を噛みつぶしたような顔でこちらを見ている。
  

CIMG2839.JPG 駅前のビル壁に「ジェロさん、いずもざきの観光大使就任』と大書きした垂れ幕があった。ジェロとは2、3年まえに演歌『出雲崎』でデビューした黒人演歌歌手のことらしい。演歌歌手なのに野球帽を斜にかぶり、にこりともせず歌う態度がどうも気に食わぬわたしだが、この駅員も愛想がない。 ストーブに火がなくとも、心のぬくもりで旅人を温めることはできるはずだ。

 老人の耳の毛を切った後、わたしはその切り取った毛をきちんとチリ紙にとってポケットに入れたし、ハサミも濡れティッシュペーパーで拭いて返したのに、無表情で受け取った。出雲崎観光の玄関である駅員がこんな応対ではいただけない。子どもと戯れる出雲崎・良寛和尚のイメージをぶち壊す態度だ。わたしが駅長なら即、配転である。

 電車がホームに入ってきた。別れ際、わたしは爺さんに言った。
 「素足じゃ、風邪ひくよ」
するとニッコリ笑って爺さんが応えた。
 「ボケてりゃ寒さなんて感じねえもんよ」
 「ボケは、なにかと便利だね。家に帰ったら早速ボケることにするよ」 

 意識・無意識にかかわらず寒さを感じない「時」が刻一刻と近づいている。[サッカー]


タグ:紀行文
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谷津ひろし

出雲崎は良寛さんが老いらくの恋をして過ごした五合庵の有る所ですか?

 ルンペン風のお爺さん、気楽なものですね・・・。 世の中には似たような人がいて、時々見かけますね。

 歌手ジェロは祖母が日本人でアメリカかブラジルで育ち、祖母がよく演歌を歌い 小さいころから聴いているうちに演歌が好きになって大学(情報工学)を卒業して歌手になったそうです。 私の好きな歌手のひとりです。演歌も上手いです。音楽界では礼儀正しくて、どんな歌も歌える歌手として高く評価されているようです。(テレビで知りました)
    
 
 
by 谷津ひろし (2014-03-28 17:47) 

Chobi.H.YAOITA

迫力のあるお爺さんですね!
ボケた人は自分がボケたことがわからないはずなので確信犯ではないでしょうか。耳毛って筆になるんですね。世の中まだまだ私の知らないことだらけです(^_^;)
by Chobi.H.YAOITA (2014-03-29 23:55) 

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