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NO1、朝顔から中身を変えたジャンルで再開しました。 [人生とは死ぬまでの暇つぶし?]

 SS★「河童、驥尾に附して千里を到す」の図.jpg

「河童、驥尾に附して千里を到す」の図
「青蠅(そうよう)、驥尾に附して千里を到す」の諺から蝿を河童に変えて描く。
=愚かな者でも賢人の後についてゆけば千里先まで行けるの意。

  

[再開のはじめに] 

 朝顔のブログに「さようなら」をして今日で3日目、

心機一転、読書の秋にふさわしい、文学的?なものに挑戦してみたいな、と

上段に構えてみたけれど内容が伴わない。

これからご紹介する随筆調?気まぐれ日記は、

地を這う虫の目で観た世間のよしなしごとを綴る拙文です。

「地を這う虫の目」とは、反骨のジャーナリスト故・青地晨先生から学んだことばです。

「空を飛ぶ鳥は、ものごとを俯瞰的に観ることができる。

これも大事なことだが、野火が襲えば身を焦がし、嵐が吹けば、

木の根っこにしがみつく地を這う虫(大衆)の痛みはわからない。

地に足をつけて諸君は虫の目で世間を見つめ、歩め」・・・と。

言い換えますと、これはジャーナリスティック・アイの本質をとらえたことばです。

わたしはジャーナリズムの世界に身を置いた人間ではありませんが、

若き日の恩師の教えが頭から離れず、いまに至ります。

ただ、唯々諾々ではなく、わたしはこれに「トンボノ目」を付け加えました。

つまり複眼的思考です。単眼では視野が狭くなるからです。

当方は、サラリーマンには不適格の人間でした。

一度しかない貴重な人生なのにその大半を犠牲にし、

上司の前でご機嫌取りをし、陰では上司の悪口を言い合う。

決められた日にわずかばかりの給料をもらい、

言いたいことも我慢して定年まで働くなんて奴隷と同じじゃないか、

人間として小さいなあ、と

生意気ながら世間を斜めにとらえ生きてまいりました。

 渡る浮世のなかで、その時々に発生する疑問や好奇心に対して、

「いつやる? いまでしょ!」と自問自答しては、

知行合一を何十年も続けてまいりました。

「いまでしょ?」 は、某進学塾講師が言い出した今年の流行語のようですが、

けして新しいものではありません。

半世紀もまえにわたしはこのことばに出会っています。

道元禅師の教えを綴った『正法眼蔵』のなかに

「而今」ということばを見つけたのです。

至極の名言と理解しました。

ふなばし朝日新聞の切り抜き.jpg

                                                                                                                                                   暁烏40代のころ。 朝日のローカル版 

このような人生観から、コトの良し悪しはべつにしてその

「時々の今」を大切に過ごしてきたつもりです。

その実体験をもとに書いています。

中には「ホント?作り話(フィクション)でしょ?」と

疑う方もいらっしゃることと思います。

しかし、わたしが歩んできたものは、ノン・フィクションジャンルです。

 「書く素材は自分の足で稼げ!」と学びました。

 昨今の暁烏の読書量は全盛期の半分くらいで、

いまは単行本に換算して年間150冊前後と落ちました。

目力の衰退はものすごい速さで進んでいます。

目だけでなく今までに13回の外科的手術、

加えて2度のがん手術の後遺症や現在休止中(進行していない)の癌と

共存生活を送っておりまして体はもうボロボロです。

でも心は毎日がハレですから悩むことはありません。

が、自身の目が見えているうちに記録に残してゆこう

という思い入れもこのブログにあります。

 さて、前置きはこれくらいにして、内容を変えたブログの初稿

『あなたは老いてからの物語がありますか?』を

「続きを読む」欄に掲載いたします。

ご興味のある方は、開いてみてください。

最後に勝手ではございますが、一行で結構ですので、

読後感(コメント)をお寄せいただければ幸いです。[サッカー]

あなたは老いてからの物語がありますか?

 

 

 友人のNが「いいことばをみつけた」と電話してきた。それは女性雑誌『クロワッサン』に寄せたフランス文学者、河盛好三のエッセイのなかに載っていたという。『若いときに旅をせぬ者は、老いてからの物語がない』と書いている。これ名言ではないかとNはいうのである。たしかに、味のあることばだ。

 若いうちから仕事一途の者は、とかく話題性が乏しく面白みがない。定年後数年経っているにもかかわらず「ウチの会社は・・・」などということばを耳にすると、もう、うんざり、である。たとえウチなる会社が大企業であろうと、地球規模で考えたら、ゴマ粒以下の世界である。
 旅せぬ男の自慢話も本人にとっては、それなりの物語なのだろうが、聞く側には何の感動も与えない。聞き手に感動を与えずして物語とは言えない。

なぜ、若いときでなければ物語にならないのか? 答えは簡単である。中、高、壮、老、と年輪を重ねた者の旅は、体力の衰えとともに、感性も記憶力も弱まる。足にも自信が持てないから行き先も限られてしまう。美しい山々や歴史的町並みを見、訪れた先の人情に触れても、すべてが霞の中の光景に等しい。
感想を問えば「どこそこで、うまいものを食った。何々を観た」などなど味気ない答えが返ってくる。感動よりも道中の疲れのほうが優先し、目に映った被写体に連続性はなく順不同の断片だけが思い出として残る。したがってそこにストーリー性はないのである。

 

 

 若いときの旅には、外部の経験を積ませる子育ての一方便としての意味合いもあるだろうが、ここでは単純に「旅」だけを取り上げてみたい。

 Nが見つけた先の名言、じつは河盛先生の「ことば」ではない。日本を代表する古典民族芸能「能・狂言」に造詣が深い人であれば気づくはずで、狂言のなかに登場する台詞なのだ。このことばには、世間知らずの大人に対する嘲笑、あるいは若者への警鐘の意味とも受け取れる。

 能・狂言は鎌倉時代に演劇として確立された。なぜ、このことばが狂言に使われているのか? 狂言ができた時代背景を考えてみれば理解しやすい。鎌倉時代は、奈良時代からはじまった律令制(土地の公有制と荘園制度)が崩壊した時代である。それまでの庶民(ほとんどの者は農民)は、建前上は公民であっても、現代のような自由はなく農奴であった。
 田畑は国の土地であり、庶民も国家の「もの」でしかなかった。したがって庶民は、権力者の統制下にあり、勝手な異動・移住は許されなかった。これが坂東武者(聞こえはいいが中央政権の及ばない土地を勝手に開墾してきた自営農民の集団)によって崩れた時代なのである。そんなわけで生涯自分の生国(村・集落)から一歩も外に出たことのない人は、当たり前であったろう。

 外の世界に触れられる人は、戦に駆り出された一部の農民、白拍子、田楽や猿楽を舞う旅芸人、平曲語りの琵琶法師、遊行僧のような限られた人たちだったと思われる。村人は、これらの人が語るきらびやかな都の話、あるいは自分たちの日常では想像もつかない東国や西国の風俗習慣の話に耳をそばだてたに違いない。

 老いてからの物語には、多少脚色や誇張もあるだろうが、それはたいしたことではない。聞く者に未知の世界を想像させ感動を与えるなら、それで十分である。老人が語ることによって、次代を担う若者の夢が膨らむからだ。このようにして捉えると、文頭の台詞には深みがあり、時代を超えた輝きがある。確かに名言である。

 若いとき、つまり感性豊かなときに旅した者は、旅先で得た原体験(見識)が肥やしとなり、その後の人生を豊かなものにできるからだ。

 

 『月日は百代の過客にして行き交う年もまた旅人なり。船の上に生涯を浮かべ、馬の口捉えて旅するものは、日々旅にして旅を栖(すみか)とす・・・』
 これは松尾芭蕉の奥の細道序文であるが、その人の人生そのものが旅であり物語となりうる人もいる。物語(演目)の数が多ければ、それを聴こうとする人もまた多く集まる。人が集まるところに笑いは絶えない。

 翻って、自分も老人の域に達したが、人に語れる物語を持ち合わせているだろうか? 
世界を股にかけて歩いた人から見れば、当方は「井の中の蛙」である。

 驚くことに世間、いや、身のまわりにもいるのだが、わたしの井戸観よりも狭い竹の切り株のなかで六十数年を過ごしてきたような人がいる。切り株の溜まり水の中に、仲間のボーフラが何匹住んでいて、うち藪蚊が何匹、小型赤家蚊が何匹、うち何パーセントが孵化するなどと生物学者顔まけの専門知識はあるのだけれど、悲しいかな切り株や竹藪の外にもたくさんの種類の蚊が飛び交っていることに気付かない。
 こちらが「井の中」サイズのはなしをしても、かれにとっては異次元の世界である。「それはうそだろう」「お前の作り話だ」「千三つだ」と騒ぎ立てる。こちらは笑ってその場をつくろうが、心の中は、「無知」という名の砂漠の中で車を空吹かしているような気分である。蓄えたエネルギーを無駄使いしたことに気づき自己嫌悪に陥ることさえある。

 当方は、平凡なサラリーマンにはなれなかった男である。勉学と、家庭での父親役は怠ったけれど、こと旅の経験だけは豊富である。仲間内から「旅の職人やくざ」と、おかしなニックネームをもらったこともあった。

 

 

 興味を抱いたことに対しては、即その場に足を踏み入れて自分の目で確認しないと気がすまない性格があり、知(知識)と行(実践)を同時進行で歩んできた。そのため、時には仕事を放り出し妻や娘がいることさえ忘れて旅立ってしまう。一般的にみれば非常識極まりない男である。

 30代前半、考えるところがあってある日の朝食時、1枚のメモを卓上に残した。文面は「連絡がないかぎり健康であると思え、心配無用!」。このあと『人間の心と、大自然の相関はどのようなものか?見極めたい』をテーマに全国行脚の旅に出た。

 どんな高尚な理由があろうとも家人にとっては迷惑千万。わかっているのだけれど、説明したところで理解されるわけがない。だからどこへ行くにも、いちいち言わない。

 このように書くと柴又の車寅次郎氏の真似では?と思う人がいるかもしれない。が、こちらは『男はつらいよ』の映画ができる前からずっとこうしてきた先輩である。旅先で出会ったマドンナの数も寅さんの比ではない。追々この話も正直に記してみたい。

 こんなこともあった。海外旅行が自由化された直後のこと。今は無くなってしまったが麻薬の巣窟といわれた香港のアヘン窟、九龍城(くうろんじょう)は、地元の警察でも中に入らない危険極まりないところだった。ならばこの目で、とTシャツとジーパン姿で探検する。

 

 またあるときはフロリダの田舎町・ジャクソンビルの警察署玄関で警察官から拳銃を突きつけられたこともある。ある事件の事情調査を行うべく警察署へ行ったのだが犯罪者と間違えられて冷汗をかいた。このあとアメリカ人弁護士の悪事の確かな証拠を見つけだし告訴して勝ち、弁護士資格を剥奪したのは実に痛快だった。・・・・などなど話題性には事欠かない。

 自分の話は、脚色した物語ではない。すべてノン・フィクションものなのだが、たぶん先のボーフラ的思考の人には、信じてもらえないであろう。

 ことばは、その場限りで消えてゆく。文章は労力を伴うが、良くも悪くも一人歩きをする。コラムニスト山本夏彦さんのことばを借りれば「人生とは死ぬまでの暇つぶし」であるかもしれない。こちらも暇潰しに旅の物語を活字にしてみる気になった。[サッカー] 

 


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kojiyan

「トンボの目」....懐かしいことばです
私も恩師から社会をでたらトンボの目で世間を見ていくようにといわれた事を思い出します
by kojiyan (2013-09-04 17:27) 

くまら

私は、1度サラリーマンからの脱却考えましたが
やっぱり、安定と言う言葉に勝てませんでした
ま、そんなに安定はしてませんが
by くまら (2013-09-04 21:00) 

くるりんちょ

ブログ、心機一転ですね。
よろしくお願いします。
by くるりんちょ (2013-09-04 22:40) 

シラネアオイ

今晩は!
コメント投稿が出来ません?!
by シラネアオイ (2013-09-05 00:00) 

ぽちの輔

面白い物語が続きそうですね。

nice!ボタンが白い四角で隠れて押せないので、
nice!は無しで失礼します(^^;)
by ぽちの輔 (2013-09-05 08:14) 

kojiyan

なかなか破天荒な人生を送られましたね
柴又のトラさんかな........
しかしこのような人生は男にとって憧れの一つです
これからの記事を楽しみに拝見したいものです
by kojiyan (2013-09-05 08:33) 

koh925

一生懸命と書く(言う)人が多いですが、一生を命懸けでは
身体は持ちこたえられないでしょう、これでは息抜きができません
鎌倉武士は、いざ鎌倉と言う時に、土地(一所)を護る為に
「一所懸命」で戦った、私はこちらを使っています
的外れの変なコメントで御免なさい
by koh925 (2013-09-05 18:02) 

rappi

その昔、旧東海道を踏破されたのですね。^^
私のチャレンジしてみたいことの一つです。^^
by rappi (2013-09-05 21:17) 

青い鳥

>興味を抱いたことに対しては、即その場に足を踏み入れて
  自分の目で確認しないと気がすまない性格があり、
  知(知識)と行(実践)を同時進行で歩んできた。
朝顔のブログを拝見していますので「いかにもそうであろう」と納得です。
今度は旅の記事で誰もが体験できない事を体験なさった内容を知ることが出来る・・・老いてからの物語がない私、益々期待に胸が膨らみます。



by 青い鳥 (2013-09-05 23:33) 

ぽちの輔

nice!押しましたよ。
ありがとうございました^^
by ぽちの輔 (2013-09-06 06:40) 

はくちゃん

おはようございます
これからもよろしくお願いします。
(^^)/

by はくちゃん (2013-09-06 07:26) 

sig

確たるポリシーで歩んでこられた意気を感じます。これからを楽しみにしております。
by sig (2013-09-08 17:54) 

チョビ

馬と河童ですが・・・
どちらが暁烏さんなのでしょう
河童だとすると、馬(賢人)は青地晨先生?
それとも正法眼蔵、あるいは能?
それとも白いちぎれ雲なのでしょうか
by チョビ (2013-09-10 14:46) 

暁烏 英(あけがらす ひで)

チョビさんへ
久しぶりにこの記事を読み返しましたところ、わたしはチョビさんの質問に答えておりませんでした。
驥(賢人)は私以外のすべての人です。どのような人、どのような階層の人でも学ぶべきことがあるからです。わたしは紛れもなく河童です。
by 暁烏 英(あけがらす ひで) (2014-03-07 11:39) 

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